3.本領域の意義

 本領域は、強磁場におけるミクロ計測を軸にした分野横断的なスピン科学の推進を目的としており、その意義はふたつの側面がある。ひとつは、物質の機能とスピンの相関を明らかにする事で新しい物質観を得られることである。もうひとつは、物質研究の基盤である計測科学の進展による波及効果の面である。

 これまで様々な強磁場研究がなされてきたが、精密な物性計測が可能なのは50テスラまでであり、主にマクロな測定にとどまっていた。今回の特定領域では、非破壊パルス磁場の世界最高磁場記録をもつ日本の技術を生かして、100テスラ領域へと精密物性研究を拡張する。100テスラ領域の強磁場下においては、ゼーマンエネルギーが格子、結晶場、軌道のエネルギーと接近し、多自由度の結合と相関による新奇な物性の発現が期待される。例えば、スピン励起と格子振動の結合したスピンフォノンモードなど新しい複合素励起や伝導性や磁性を支配する軌道状態の磁場制御など、電子の多自由度が密接に絡み合った応答の理解は、固体物理の新しい展開に繋がる。このような異なる自由度の混成は実際の物質で重要な役割を果たしている。例えば生体の蛋白質では異なるスピン・軌道状態が極めて近接しており、この特異な電子状態が効率の良い化学反応の基礎となっているとされている。その機構を解明するには、100テスラ近い強磁場を用いて異なるスピン・軌道状態を切り替えた時の応答をNMRやESRなどのスピンプローブによって解明し、その全貌を明らかにする必要がある。長時間磁場が発生可能な100テスラ級の非破壊パルス磁場実現を基礎として各種のスピンプローブによる精密計測を展開することは、バンド構造のようなeV領域の高エネルギーの物性物理と、磁性や超伝導のような相で定義されるmeV領域の低エネルギーの物性物理の間を埋める事になる。



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